大判例

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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)1757号 判決

控訴人 甲野花子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 渡辺馨

同 稲村五男

同 荒川英幸

同 浅野則明

同 川中宏

同 加藤英範

同 村山晃

同 森川明

同 村井豊明

同 久保哲夫

同 飯田昭

同 岩橋多恵

同 佐藤健宗

同 藤浦龍治

同 近藤忠孝

同 高山利夫

被控訴人 京都府

右代表者知事 荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士 香山仙太郎

右指定代理人 佐々木孝敏

〈ほか二名〉

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人ら各自に対し、それぞれ金一五万円及びこれに対する昭和六二年一二月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一・二審を通じてこれを八分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人ら各自に対し、それぞれ金一六五万円及びこれに対する昭和六二年一二月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決二枚目裏八行目の「国道北側」の前に「ポスター貼付後、」を、同三枚目表一一行目の「南側歩道に出て」の次に「公衆電話ボックスのある」を、同裏一行目の「そして、」の次に「その途中、」をそれぞれ付加し、同六枚目裏五行目の「防護柵は、」を削除し、同七行目の「これらに類するもの」」の次に「との規定は、犯罪の構成要件としては明確性を欠いているのみならず、本件防護柵は、同号にいう「これらに類するもの」」を付加する他は、原判決事実摘示中「第二当事者の主張」の記載(原判決二枚目裏六行目から一一枚目表二行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

第三証拠《省略》

理由

一  太郎及び控訴人らの身分関係等

原判決一一枚目裏一行目の「である」の次に「ことが認められる」を付加するほか、同理由中「一 太郎及び原告らの身分関係等」に関する記載部分(原判決一一枚目表七行目冒頭から同裏一行目末尾まで)を引用する。

二  本件逮捕の違法性

以下のとおり加除訂正するほか、原判決の理由中「二 本件逮捕の違法性」に関する記載部分(原判決一一枚目裏二行目冒頭から二一枚目裏八行目末尾まで)を引用する。

1  原判決一一枚目裏四行目の「三号証、」の次に「第二六ないし第二八号証、」を付加し、同一二枚目表一行目冒頭の「転落防止の」を「が水路に転落するのを防止する」と、同四行目の「四角」を「四隅」とそれぞれ改める。

2  同一二枚目裏九行目の「持参した」の次に「新しい「赤旗写真ニュース」である」を、同九行目・一〇行目の「ポスター」の次に「(縦約六〇センチ、横約四二センチの大きさで、日本共産党の宣伝カー等の写真と大きい字で「あなたも赤旗をお読み下さい」、少さい字で赤旗の講読を勧める文章がそれぞれ印刷されている。)」を、同一三枚目表一行目の「依頼され、」の次に「本件ポスターと同じ内容の」を、同裏二行目の「太郎は、」の次に「本件ポスターの貼付を終え、」をそれぞれ付加する。

3  同一四枚目表一〇行目及び一一行目の各「氏名」をいずれも「名前と住所」と改め、同裏七行目の「嶋田に向かい、」の次に「国道の南側歩道上にある電話ボックスを指差して」を付加し、同八行目の「嶋田が左手を前に出して制止したのを無視して、」を、同一五枚目表五行目・六行目の「本件第一現場の西方約五〇メートルの地点に太郎を発見し、」を、同七行目の「た。丸山は」をそれぞれ削除し、同一六枚目裏一行目の「山科署の」の次に「外勤第三課長竹田警部(以下、「竹田」という。)を乗せた」を付加する。

4  同一七枚目表二行目と三行目の間に「(1) 構成要件該当性」を付加し、同三行目から同一八枚目裏二行目末尾までを次のとおり改める。

「控訴人らは、旧条例五条二項四号の「その他これらに類するもの」との規定は犯罪の構成要件として明確性を欠いているのみならず、本件防護柵は、その形態や用途等から考えて同号に例示された「郵便ポスト、公衆電話所、公衆便所」に類するとはいえないから、本件防護柵が「その他これらに類するもの」に該当すると解釈することは罪刑法定主義に反すると主張する。

そこで、検討するに、《証拠省略》によれば、旧条例は屋外広告物法に基づいて制定されたもので、その趣旨・目的は京都市の美観風致を維持し、公衆に対する危害を防止するため、屋外広告物及び広告物を掲出する物件について必要な規制を行うことにあり、五条二項一号ないし六号において、市長が公益上または慣例上やむを得ないと認めたときを除いて、広告物を表示しまたは広告物を掲出する物件を設置することが禁止される物件を定め、一三条一号において、右規定に違反した者に対し、罰金五万円以下に処する旨を定めているところ、山科署の警察官は、本件防護柵は右条例五条二項四号に定められている「郵便ポスト、公衆電話所、公衆便所その他これらに類するもの」のうち「これらに類するもの」に該当し、本件ポスターの貼付行為は旧条例五条の規定に違反するものとして太郎を逮捕したことが明らかである。

ところで、旧条例五条二項四号に定める「これらに類するもの」とは、同号に例示された「郵便ポスト、公衆電話所、公衆便所」に類する公共用物件であって、放任するときは無秩序な広告物の表示または広告物を掲出する物件の設置を招きやすく、ひいては、京都市の美観風致を維持し、公衆に対する危害を防止するとの旧条例の趣旨・目的を阻害するおそれのある物件をいうものと解され、旧条例の規定全体からみて、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的物件が広告物の表示または広告物を掲出する物件の設置を禁止された「これらに類するもの」に該当するものであるとの判断を可能ならしめる基準を読み取ることができるから、犯罪の構成要件として不明確であるとはいえず、また本件防護柵は、公衆の往来の頻繁な国道と川田道との交差点の通路と水路との境に設置された公共用物件で、「郵便ポスト、公衆電話所、公衆便所」と同様、放任するときは無秩序な広告物の表示または広告物を掲出する物件の設置を招きやすく、ひいては、京都市の美観風致を損ない公衆に危害を及ぼすおそれのある物件であるから、これが旧条例五条二項四号に定める「これらに類するもの」に該当するとの解釈は正当なものとして是認することができる。

以上のとおり、本件防護柵は旧条例五条二項四号に定める「これらに類するもの」に該当し、これに本件ポスターを貼付した行為は旧条例五条二項に違反するものであるから、右貼付行為が犯罪の構成要件を欠き、本件逮捕は違法であるとする控訴人らの主張は理由がない。」

5  同一八枚目裏六行目の「を利用して、」を「は、その設置を市長が許可した物件ではないから、右掲示板に本件ポスターを貼付した行為は」と改める。

6  同一八枚目裏九行目の「(二)」を「(2)」と改め、同一〇行目冒頭から二〇枚目表四行目末尾までを次のとおり改める。

「(イ) 控訴人らは、旧条例が原則的許可制をとっていること、規制の範囲が広範囲で合理性がないこと、市長の許可基準が不明確であることを理由として、旧条例は表現の自由を侵すもので、憲法に違反すると主張する。

しかし、国民の文化的生活の向上を目途とする憲法の下において、都市の美観風致を維持することは公共の福祉を保持する所以であるから、旧条例の定める程度の規制は、公共の福祉のため表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限と解することができる(最高裁昭和四三年一二月一八日判決刑集二二・一三・一五四九、同昭和六二年三月三日判決刑集四一・二・五一)。

もとより、旧条例の適用において、その趣旨・目的を逸脱し、不当に表現の自由や政治活動を抑圧するものであるときは、違憲のそしりを免れない場合があるとしても、そのことから旧条例そのものを違憲の法令ということはできない。

控訴人らの前記主張はいずれも理由がない。

(ロ) 適用違憲の主張について

控訴人らは、本件現場付近は美観地区ないし風致地区ではなく、雑然とした市街地であり、ポスター一枚の張り替えによって地区の美観風致になんら影響を及ぼすものではないこと、本件逮捕は共産党弾圧の目的でなされたものであることを理由として、本件は、旧条例の適用において違憲、違法な逮捕であると主張する。

しかし、旧条例は、美観の特に優れた地域、建物等に限らず、京都市の一般的な美観風致を保護しようとするものであり、本件ポスターの貼付自体による川田道交差点付近の美観風致に及ぼす直接的影響は小さいとしても、これを放任することによって生じ得べき悪影響は決して小さいものではないから、本件逮捕に合理性がないということはできない。また、本件全証拠資料を検討するも、本件逮捕が日本共産党の政治活動を抑圧するためになされたものと認めることはできない。従って、本件逮捕が旧条例の適用において違憲であるとの控訴人らの主張は理由がない。

以上のとおりであるから、旧条例の違憲または旧条例の適用による本件逮捕の違憲、違法をいう控訴人らの主張はいずれも採用できない。」

7  同二〇枚目表五行目の「(三)」を「(二)」と、同裏一〇行目・一一行目の「現行犯人の人定事項すら明らかになっていない」を「太郎は罪を犯したことを認めていなかったのみならず、人定事項すら充分には明らかにしようとしなかった」とそれぞれ改め、同二一枚目表五行目の冒頭に「現行犯逮捕に当たって、」を、六行目の「ではなく、」の次に「このことは、旧条例違反の罪についても異なるものではないから、本件逮捕に際し、太郎に対する」をそれぞれ付加し、同九行目冒頭から同裏六行目末尾までを削除し、七行目の「(四)」を「(三)」と改め、同じ行の「本件逮捕行為は」の次に「犯罪の嫌疑と逮捕の必要性を備え、適法なものであって、控訴人ら主張のように違憲」を付加する。

三  本件留置継続の違法性

以下のとおり加除訂正するほか、原判決の理由中「三 本件留置継続の違法性」に関する記載部分(原判決二二枚目表一行目冒頭から二八枚目表一行目末尾まで)を引用する。

1  原判決二二枚目裏四行目、同二三枚目裏三行目及び同四行目の各「副所長」をいずれも「副署長」と改め、同二三枚目表三行目・四行目の「外勤課第三課長」及び「警部」をいずれも削除する。

2  同二三枚目裏一一行目の「また、」の次に「犯行現場における太郎の「私はおつやまちょうのこうのたろうだ。」との発言に基づいて、」を付加し、同二四枚目表二行目の「という氏名」を「の住所、氏名」と、同一〇行目の「引き受ける」を「引き受け、住所、氏名、電話番号を明らかにし、今後の出頭について責任をもつ」と、同一一行目の「右弁護士らは」から同裏三行目の「しなかった。」までを「青井がこれを拒否したので、結局太郎の住所、氏名等を明らかにしないまま、同日午後八時頃山科署を辞去した。」とそれぞれ改める。

3  同二四枚目裏一〇行目・一一行目を全文削除する。

4  同二六枚目裏二行目の冒頭から二八枚目表一行目末尾までを次のとおり改める。

「(二) 前記認定事実によれば、太郎の現行犯逮捕に続く身柄の留置は、旧条例違反の被疑事実について証拠を収集し、同人の身元を確認するために必要であったものであり、適法な捜査権の行使ということができる。

しかし、右被疑事実については、逮捕当日における本件ポスター、掲示板の差押えと犯行現場付近の実況見分により、公訴を維持するに必要な証拠を確保することができたといえるし、また、太郎の身元についても、同日中に、同人の住所地を管轄する警察官派出所備付けの案内簿によって住所氏名が判明し、更に、翌二三日の昼頃までには、聞き込み捜査、住民票台帳の閲覧、身上調査照会に対する回答書によって、これを確認することができたのであるから、弁護士の前記身元引受の申出と相まって、その段階において太郎の身柄の留置を継続する必要性は消滅したものというべきである。

ところで、被控訴人は、本件被疑事実の処分を決定するには、犯行の動機、組織性を解明し、本件ポスターの印刷所を明らかにしなければならなかったから、なお留置を継続する必要があったと主張する。

しかし、本件被疑事実は、前記のとおり、太郎が本件ポスターを旧条例によって禁止された物件である本件防護柵に貼付したという単純な行為であって、ポスターの内容もなんら問題になるものではなく、右行為が組織を背景とし、隠れた動機の下に行われたものと考える余地のない比較的軽微な犯罪であり、客観的にみて、太郎の身柄の留置を継続してまで本件犯行の動機、組織性を解明し、本件ポスターの印刷所を明らかにする必要性はなかったものといわざるを得ない。従って、被控訴人の右主張は採用できない。

また、被控訴人は、本件以前に、市内の××町で通行中の女性に共産党の掲示板が当たり、怪我をした事件があり、これが継続捜査扱いになっていたことを理由として、太郎の身柄留置を継続する必要性があったと主張するもののようであるが、右事件の現場は本件とは離れた場所であり、本件との関連は極めて薄く、右事件の捜査の必要性を理由として、太郎の留置を継続することは相当ではないというべきである。

そうすると、太郎に対する留置継続の必要性は、二三日昼頃には消滅したものであり、それ以後、二四日午後三時五三分頃山科署において釈放されるまでの留置は、留置の必要性を欠く違法なものであったといわざるを得ない。もっとも、国家賠償法により国または公共団体が損害賠償の責任を負うには、公権力の行使の違法性とともに公務員の故意、過失を要件としているところ、初期捜査の流動性、重要性を考慮すれば、客観的にみて留置の必要性が消滅しても、捜査機関がこれを認識し、釈放の措置にでるまでに若干の時間を要するものであり、その間の留置については、捜査機関に過失がないものとして、国家賠償法による賠償責任を負わないと解するのが相当である。これを本件についてみれば、客観的には二三日の昼頃、太郎に対する留置継続の必要性が消滅したことは前記認定のとおりであるが、捜査機関が二二日の逮捕後における捜査の結果を検討し、留置継続の必要性を判断するのに若干の時間を必要とするものといえるから、その間の留置については捜査機関に過失があると認めることはできないというべきである。しかし、前記認定の本件被疑事実の性質、態様、捜査の経過等、諸般の事情を総合してみれば、捜査機関としても、本件につき留置の必要性が消滅したことを認識し、釈放の措置にでるのに数時間あれば足りるものと考えられるから、遅くとも二三日午後五時頃以後の留置の継続に対しては捜査機関の過失を認めることができるものであり、同時刻以後の留置につき、被控訴人は太郎に対し、国家賠償の責任を負うべきものと判断するのが相当である。」

四  以上検討のとおり、警察職員による太郎に対する本件逮捕及び逮捕後の留置の継続のうち、昭和六二年二月二三日午後五時頃以後同人が釈放された二四日午後三時五三分までの間の留置につき、被控訴人は、太郎に対し損害賠償の責任を負うべきものであるところ、これによって太郎が受けた損害の賠償は、精神的苦痛に対する慰謝料として金二〇万円並びに本件訴訟追行に必要な弁護士費用として金一〇万円(合計三〇万円)をもって相当と認める。

そうすると、太郎死亡による相続人(相続分各二分の一)である控訴人らの被控訴人に対する請求は、各自につきそれぞれ金一五万円及びこれに対する本件不法行為後である昭和六二年一二月一三日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきものである。

五  よって、右と趣旨を異にする原判決は一部不当であるので、これを変更し、前項記載の限度において控訴人らの請求を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 古川正孝 川勝隆之)

〈以下省略〉

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